大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和53年(ネ)3301号 判決

控訴人

日産サニー群馬販売株式会社

右代表者

佐田一郎

右訴訟代理人

阿久澤浩

石田弘義

被控訴人

満足株式会社

右代表者

中田延蔵

右訴訟代理人

中田長四郎

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し別紙自動車目録記載の自動車二台を引き渡せ。

訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。

この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一本件自動車がもと控訴人の所有であつた事実及び被控訴人が本件自動車を占有している事実は、当事者間に争いがない。

二まず、本件自動車の所有権の帰属について検討するに、〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができ、その認定を左右するに足りる証拠はない。

1  被控訴人は、昭和五一年六月一〇日訴外会社との間に、売買の目的物につきサニーキヤブライトバン五一年式VC二〇Y塗色白の自動車二台と定め、代金につき諸費用一八万五二〇〇円(内訳、自動車登録料五万一〇〇〇円、自動車取得税五万九〇〇〇円、自動車重量税一万七六〇〇円、強制賠償保険料三万八一〇〇円、自動車税一万九五〇〇円)のほか車輛価格一四四万円と定め、代金支払方法につき、(イ)契約締結時に諸費用一八万五二〇〇円を支払う、(ロ)本件下取車を提供し、その査定価格を五三万円と評価して、右査定額を売買代金の一部に充当する、(ハ)残額九一万円を後記為替手形の決済により支払う、と定め、右目的自動車の所有権移転時期につき右為替手形の決済により代金が完済された時、と定めて、被控訴人が訴外会社から右自動車二台を買い受ける旨の売買契約(以下この売買契約を「第二売買」という。)を締結し、被控訴人は、同日訴外会社に対し右諸費用一八万五二〇〇円を支払つた。

2  控訴人は、同年六月二六日訴外会社との間に、売買の目的物を本件自動車と定め、代金につき割賦手数料五万六八四八円のほか車輛価格一四三万四〇〇〇円と定め、代金支払方法につき、(イ)契約締結時に頭金として、本件下取車を一九万八一六〇円と査定し、これを売買代金の一部に充当することとして支払う、(ロ)残額一二九万二六八八円は同年九月二五日限り支払うこととするが、訴外会社は右残代金の支払を確実にするため右支払日を満期とする金額一二九万二六八八円の約束手形一通を控訴人に振り出し交付する、と定め、本件自動車の所有権移転時期につき訴外会社が売買代金を完済した時、と定め、契約の解除につき、訴外会社が第三者から強制執行等の申立てを受けたときは、控訴人は何ら催告をしないで契約を解除することができ、この場合訴外会社は本件自動車を控訴人に返還しなければならない、と定めて、控訴人が訴外会社に本件自動車を売り渡す旨の売買契約(以下この売買契約を「第一売買」という。)を締結し、控訴人は、同日訴外会社に対し本件自動車を引き渡した。

3  訴外会社は、同年六月二六日控訴人から本件自動車の引渡しを受けると、同日第二売買の売主の履行として被控訴人に対し本件自動車を引き渡し、同時に被控訴人から本件下取車の引渡しを受けて、同日第一売買の買主の履行として控訴人に対し本件下取車を引き渡した。

4  被控訴人は、同年七月三日第二売買の買主の履行として訴外会社に対し、金額九一万円、支払人株式会社太陽神戸銀行加須支店、満期同年九月二六日、支払地及び振出地埼玉県加須市、受取人訴外会社、振出日同年七月三日、振出人及び引受人被控訴人との記載のある為替手形一通を振り出し交付した。しかし、訴外会社は、控訴人に対し第一売買の約定に係る約束手形を振り出し交付しなかつた。

5  控訴人は、同年八月初旬ころ、訴外会社が第三者から有体動産の差押えを受けたことを知り、かつ、訴外会社がその時までに約定に係る約束手形を振り出していなかつたので、同月一〇日ころ、訴外会社に対し口頭をもつて第一売買契約を解除する旨の意思表示をしたうえ、訴外会社に本件自動車の返還を求めたが、訴外会社は、本件自動車を占有しておらず、その所在をも明らかにしなかつた。

6  その後控訴人は、被控訴人が本件自動車を占有していることを突き止め、被控訴人を債務者として前橋地方裁判所高崎支部に自動車仮処分命令を申請し(同庁同年(ヨ)第一〇六号事件)、同年九月一一日同裁判所から、被控訴人の本件自動車に対する占有を解き同裁判所執行官にその保管を命ずる旨の仮処分決定を得たうえ、同月二四日までに本件自動車につき右仮処分を執行した。

7  被控訴人は、同年九月二七日前記為替手形の決済を経て、第二売買の約旨に基づく本件自動車代金の完済をした。

ところで、被控訴人は、控訴人は第一売買に基づいて本件自動車の処分権限を訴外会社に授与し、訴外会社は控訴人からの右授権に基づいて第二売買をなし、本件自動車の所有権を被控訴人に移転した旨主張するところ、控訴人が訴外会社に対し昭和四七年三月から昭和四九年五月までの間に控訴人所有の日産サニー車合計一一台を売り渡した事実は、当事者間に争いがないが、右争いのない事実並びに前記及び後記の各認定事実を合わせ考えても、後になされた第一売買に基づいて先になされた第二売買についての授権が行われたとする被控訴人の右主張事実を推認することは到底できないところであり、他に被控訴人の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

そして、右認定の事実によれば、控訴人は、訴外会社との間に、訴外会社が売買代金を完済した時に所有権を移転すると特約して本件自動車を訴外会社に売り渡し(第一売買)、訴外会社が右代金を完済しないうちに特約に基づき第一売買契約を解除したのであり、控訴人のした解除は有効であると見ることができるのであるから、本件自動車はいまだ控訴人の所有に属するものというべきである。

三そこで、控訴人が、第一売買において訴外会社との間に約した本件自動車の所有権を売買代金完済に至るまで控訴人に留保する旨の特約に基づき、その所有権を有するとして、被控訴人に対し本件自動車の引渡しを訴求するのは権利の濫用であるから許されるべきではない、との被控訴人の主張について検討するに、前記二において認定した事実に、〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができ、その認定を左右するに足りる証拠はない。

1  控訴人は、郡馬県高崎市に本店を置き、同県一円を営業区域として日産サニー車を販売することを業とする株式会社である。

訴外会社は、同県太田市大字藤久良(後に同市大字藤阿久に移転)に本店を置いて、各種自動車の販売及び修理を業とする株式会社であり、買主から自動車を買い受けたいとの注文を受けると、買主との間で注文車の車種、売買代金、下取車の査定価格等を定めて注文車につき売買契約を締結し、同時に買主から注文車の自動車登録料、自動車取得税、自動車重量税、自動車税、強制賠償保険料等に充当すべき諸費用の支払を受けたうえ、右注文車に引き当てるべく、控訴人ほかの自動車販売会社との間に注文車に相当する自動車につき売買契約を締結して、販売会社から自動車を買い受け、先に買主から受け取つていた諸費用を販売会社に交付して、当該自動車につき道路運送車両法その他各種法令に規定された諸手続を履践してもらい、その諸手続を経由した自動車を販売会社から受け取つて、これを買主に引き渡し、買主との間に締結した売買契約の履行を完結するという手順を取つていた。

被控訴人は、埼玉県加須市に本店を置き、被服衣料品の製造販売を業とする株式会社であるが、営業区域は関東一円、東北に及び、従業員は約六〇名を擁し、取引高は年商約一〇億円に達するという会社である。

2  控訴人は、昭和四七年三月から昭和四九年五月までの間に訴外会社に対し控訴人所有の日産サニー車合計一一台を売り渡したが、右一一台のうち売買代金の支払が割賦払の方法によるものと約定された九台の自動車については、いずれも訴外会社が売買代金を完済するに至るまで当該自動車の所有権を控訴人に留保する旨の特約が付されていた。

被控訴人は、昭和四四年四月以来訴外会社から各種自動車を買い受けるようになり、その台数は本件自動車を買い受ける以前において一一台に達していたが、被控訴人は、訴外会社から買い受けた自動車一一台(その登録番号はいずれもいわゆる群馬ナンバーのものであり、いわゆる埼玉ナンバーのものはなかつた。)につき、いずれもその売買代金を完済したのに、その所有者名義を被控訴人名義に変更する変更登録をしたことがなく、いずれもその自動車を相当期間使用した後、当初の所有者名義のままこれを新規売買の際の下取車として訴外会社に引き渡していた。

3  被控訴人が第二売買において訴外会社に引き渡した本件下取車は、いずれもその所有者の氏名が日産プリンス群馬販売株式会社、使用者の氏名が訴外会社として登録されたままになつていたものであり、しかも、その各車体には被控訴人の商号等被控訴人の所有権又は使用権を表現するような表示が施されていなかつたので、本件下取車の車体及び自動車検査証等を手掛かりとするだけでは、本件下取車が被控訴人の所有に属するものであつたことを知ることはできなかつた。

4  控訴人は、第一売買を履行するに当たり、訴外会社から必要な諸費用(前記売買代金とは別異なもの)を受け取つて、本件自動車につき道路運送車両法、地方税法、自動車重量税法、自動車損害賠償保障法等に規定された諸手続を履践したうえ、所有者の氏名を控訴人として登録した(なお、使用者の氏名については登録の申請をしなかつた。)本件自動車の自動車検査証等を本件自動車とともに訴外会社に引き渡した。次いで、訴外会社は、控訴人から受け取つた右自動車検査証等を本件自動車とともに被控訴人に引き渡した。

また、控訴人は、第一売買を締結するに当たり、訴外会社に対し本件自動車の転売を禁止したものでなく、訴外会社が本件自動車を第三者に転売するものであることを予測していたのであるが、控訴人は、訴外会社・被控訴人間の第二売買の締結に関与したことがなく、訴外会社から本件下取車の引渡しを受けた際にも、本件下取車が被控訴人所有のものであつたことを知らなかつた。被控訴人が訴外会社から本件自動車を買い受けてこれを使用していることを控訴人が知つたのは、控訴人が訴外会社に対し第一売買契約を解除する旨の意思表示をした後、本件自動車につき前記仮処分申請をするため、その所在を探し回り、これが被控訴人の占有管理下にあることを知つてからであつた。

5  訴外会社は、昭和五一年七月三日第二売買の履行として被控訴人から前記為替手形一通の交付を受けると、同月五日ころ、被控訴人の紹介を得て埼玉県加須市の訴外木村弘に右為替手形の割引を依頼し、その割引を受けた。

右為替手形は、満期の翌日の同年九月二七日、支払人の訴外株式会社太陽神戸銀行加須支店の店頭に支払のため呈示されたが、被控訴人は、右為替手形が既に第三者の手に渡り、流通に置かれたことを知つていたので、いずれはその支払義務を免れ得ないものと考え、同日右為替手形を決済した。

6  訴外会社は、昭和五一年八月中、控訴人が第一売買契約を解除した後間もなく事実上倒産の状態になり、控訴人及び被控訴人は、そのころ訴外会社が事実上倒産状態になつたことを知つた。

以上の各認定事実に照らして考えるに、控訴人は、第一売買の履行に当たり、訴外会社から必要な諸費用を受け取つて、本件自動車につき道路運送車両法等に規定された諸手続を履践し、本件自動車の自動車検査証等を添えて本件自動車を訴外会社に引き渡したのであるが、訴外会社が群馬県外で新車を販売することを禁ずる旨の特約を控訴人と訴外会社とで結んでいた事実に照らせば、控訴人のした右所為をもつて、控訴人が訴外会社と群馬県外に本店を持つ被控訴人との間の第二売買の履行に協力したものと推認することはできず、結局控訴人は第二売買の締結及び履行につき何ら関与したものでないということができる。しかし、控訴人が訴外会社を経由して第三者に転売されることを予測しながら、本件自動車を訴外会社に引き渡し、これを流通の過程に置いたものであることは明らかというべきである。そこで、被控訴人が、第二売買を締結し履行するに当たり、控訴人・訴外会社間の第一売買における前記所有権留保の特約の事実を知り得べきであつたか又はこれを知るに至つたかという点について検討するに、被控訴人は、被服衣料品の製造販売を業とする株式会社であるが、営業用自動車を多数所有していたものであり、訴外会社との間の第二売買においても本件自動車につき代金が完済された時にその所有権が被控訴人に移転する旨特約しているのであつて、自動車の売買契約における所有権留保特約の意義については十分に知識を有していたものと見ることができるところ、訴外会社から被控訴人に交付された本件自動車の自動車検査証には所有者の氏名として控訴人の商号が明記されていたのであるから、被控訴人は、訴外会社から本件自動車とその自動車検査証の引渡しを受けた際、自動車検査証を点検して(自動車検査証に目を通さないことは有り得ないものと考えられる。)、本件自動車の所有権が控訴人に留保されている事実を容易に知り得たものということができ、また、第二売買締結の段階においては、訴外会社が被控訴人から注文を受けた自動車(売買の目的物とされた自動車)を他の自動車販売会社から仕入れてくるものであることを前提とし契約がなされていたことにかんがみれば、被控訴人としては、自動車検査証を点検してみて、訴外会社は控訴人から本件自動車を仕入れてきたのであるが、いまだ控訴人から本件自動車の所有権を取得していないものである事実を容易に推測し得たものというべきである。更に、控訴人は、本件自動車につき前記仮処分決定を得て、これを執行したのであるが、被控訴人は、その仮処分執行時においてもなお、第二売買による所有権移転時期についての特約に従い、本件自動車の所有権を取得するに至つていなかつたのであり、この点を被控訴人としては承知していたものといわなければならないところ、被控訴人は、右仮処分の執行を受けることにより控訴人が本件自動車の所有権を有することをより的確に知り得たものというべきである。したがつて、以上のような認識のもとで、自らも訴外会社に対する代金完済までは本件自動車の所有権を取得することなく、ただその運行使用による利益享受をもつて十分としていたものとみられる被控訴人としては、買主としての自らの履行義務を尽くしても、控訴人の訴外会社に対する所有権留保の効果として、結局本件自動車の所有権を取得するに至らないことのありうることを予測していたものと解することができるから、控訴人が本件自動車の所有権に基づきその引渡しを被控訴人に求める本訴請求が、予測できない損害を被控訴人に被らせたものであるということはできず、善意者保護を考慮すべき実態を具えた場合とみることはできない。また、被控訴人が前示のごとく、自ら流通において為替手形について決済をしたのは、当然のことを行つたまでといわなければならないものであつて、よつて被る被控訴人の損害は訴外会社に対する請求によつて補填されるべきものであり、これが効を奏しないことがあるとしても、それは被控訴人が訴外会社を信頼して取引したことの見込みちがいによるものであるといえば事足り、控訴人の本訴請求が権利の濫用に当たるという理由にはならない。したがつて、本訴請求が権利の濫用に当たるとする被控訴人の主張は理由がなく、これを採用することができない。

四そうすると、被控訴人に対し本件自動車の引渡しを求める控訴人の本訴請求は理由があるから、これを認容すべきである。よつて、控訴人の本訴請求を失当として棄却した原判決は不当であり、本件控訴は理由があるから、原判決を取消して控訴人の本訴請求を認容することとし、訴訟の総費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(安倍正三 長久保武 加藤一隆)

自動車目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例